いつまで田舎にいるの?

日本を代表する大企業でのお先真っ暗な地方転勤に嫌気が差し、外資系企業に転職して東京から出ようとしない社会人4年目のブログ

平成が終わる前に、mixiの思い出でも振り返ろうぜ!

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30年続いた平成も、2019年で幕を閉じる。

 

昭和の人たちから、「平成生まれ」というだけで、何故だかもてはやされた。

たった数年、生まれたのが遅かっただけで、「平成生まれ」というブランドをぼくたちは持って生まれたんだ。

 

とはいえ、生まれた時から不況が始まり、人生のうちで一度も美味しい思いをしたことがないのも平成生まれの特徴である。

 

もしかして、昭和生まれの方々は、平成における不況まで含めて「平成生まれ」と軽蔑していたのかもしれない…。

 

クソッ…

 

そんな「平成生まれ」というブランドもどうやら終わるときがきたようだ。

女の子が女子中学生、女子高生、女子大生、新卒OL…と時を経ていくように、

平成生まれもまた、次の世代にタスキを渡さなければいけないらしい。

 

この記事を偶然にも発見してしまった平成の次の世代の子たちへ。

「平成生まれwwwオッサンやんwwwwww」と思うかもしれない。

 

でも君たちも、あと数十年したら、君たちの次の世代が生まれてくるんだ。

 

つまり、オッサンは順番で回ってくるってことだ。

今はぼくがオッサンだけど、そのうち君がオッサンになる。

 

そのタイミングでまた、君も「〇〇ってサービスが流行った時期があったな…」

と思うときが来るかもしれない。

 

その時はどうか、ブログに書き記すことで、次世代に向けてバトンを渡してほしい。

そう、ヒデヨシさんのように。

 

oreno-yuigon.hatenablog.com

 

それでは早速、mixiの思い出を振り返っていきたい。

 

 

 

 

mixiで同じ大学に受かった友達を探した

今の時代だとツイッターで同じ大学に受かった友達を探すのが一般的なのだろうか?

 

ぼくが大学に入学するとき(2011年)

入学前の時期にmixiに登録し、事前に交流を深めるという文化があった。

 

これはぼくの通っていた高校では一般的なことであり、当時は下心などなく、純粋に同級生探しのために使っていた。

 

mixiに登録し、「〇〇大学 2011年入学者コミュティ」のように、どこの誰かは分からないが、親切な人が作ってくれたコミュニティに入り、同じ大学に入学する予定の人たちとコミュニケーションをしていた。

 

 

今思うと、ここのコミュニティに入っていた人たちは地方出身者が多かったように思える。ぼくの母校は私立の大学なのだが、高校からエスカレーターで上がってきた人たちがいるということに、大学に入学してから知ることになった。

 

その人たちはもともと人脈もあるので、mixiという閉ざされたSNSに顔を出すことはなく、身内同士で楽しくエスカレーターをウェイしていたのだと思う。

 

コミュニティに入った後は、自己紹介をする。

 

「〇〇大学の××学部に入学する予定の広瀬です。好きなバンドはラルクアンシエルです。同じ学校から入学する友達がいないので、仲良くしてもらえると嬉しいです。」みたいな。

 

 

プロフィール画像はプリクラが一般的な時代だった

今はBeauty PlusやSNOW、moruといった、自撮りをキレイにしてくれるスマホアプリを使って自撮りや人物写真を撮影し、それをLINEやFacebookなどのプロフィール画像にするのが主流な気がする。

 

しかし、mixi全盛期の頃は、プロフィール画像と言えばプリクラだった。

そして、当時のプリクラ(2010年当時)は、そこまで「盛る」ことに特化をしていなく、記念写真がシールになるみたいな感覚だったと思う。

 

ぼくは何の写真をプロフィール画像にしていたかは覚えていないのだが、恐らくラルクアンシエルのhydeにしていたんじゃないだろうか。

 

そして、現実を表す鏡のようなプリクラを見て、積極的にマイミク(mixi上での友人申請)を送るかどうかを決めていた記憶がある。

 

できれば可愛い子と入学前に知り合いになり、大学生活でスタートダッシュをかけたいと思うモノだろう。

なので、プリクラ画像が可愛い子には必死にマイミク申請をしていた、広瀬少年(18歳)であった。

 

 

 

mixiで知り合った女の子とリアルで会い、そして2年付き合った。

ここから本格的な思い出話がスタートする。

 

 

今思うと、当時からオフパコの才能があったのかもしれない。

 

入学前に密にメッセージのやり取りをし、入学後に会う約束をとりつけた。

昔からぼくはどこかお節介なところが多く、このお節介さによって面倒見の良さを発揮してきた。これがB型の女性にめちゃくちゃ刺さるのだが…

 

そんな話はさておき、どういう風にメッセージのやりとりから、実際に会うまでに繋げたのかを語りたい。語らせてくれ。

 

 

大学に入学すると、すぐに東大でいうところの「教員教務逆評定」のような冊子の販売が始まった。これはどういう冊子かというと、単位のとりやすさから学生が教員を”逆評定”し、それをまとめたものである。

大学に入学すると、単位のとりやすさ=卒業しやすさになるので、みんながみんな単位がとりやすい講義を基本的に受講する。

 

そして、この冊子は発行のタイミングが限られており、女の子がこの冊子を買えないので困っている…という状況をmixiで発見したのだ。

 

mixiにもつぶやき と呼ばれる機能があり、ツイッターにつぶやくようなことをつぶやくのだが、そこに流れた一文をぼくは見逃さなかったのだ。

 

すかさずメッセージを送る。

 

「今日あの冊子(教員教務逆評定のようなもの)買う予定あるから、ついでに女の子の分も買っていくよ。いつ渡せばいい?」

 

と、スマートにメッセージを送った。

 

すると、返事があり、「〇日の14時ごろ、大学に併設されてるコンビニ付近で待ち合わせできますか?」と書いてあった。

 

思わずガッツポーズをとった。

 

 

そして実際に会い、冊子を渡し、冊子分の代金をもらった。

 

そこから二人の恋はスタートした。

 

 

お互い恋人がいるのに飲み会で盛り上がってしまった

時は流れて大学1年の6月。

 

実はこのタイミングで既に彼女を作ってしまったのだった。

理由は…イケそうだったから。

 

 

1年生の時の新歓で知り合った他学部の女の子と付き合うことになった。

もうどういう経緯で付き合ったのかは覚えていないんだけれど。

 

「付き合わないとしない」という言葉を真に受け、やって付き合ったような気もする。

 

 

5月から付き合いだして、6月。

 

既に別れようと思っていた。

 

なぜなら、彼女はパーマをかけたのだが…

パーマの当て方の問題か、女の子なのにロッチの中岡に見えてしまったからだ。

 

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なんだろう、髪の毛がきれいなストレートだったのだが、気が付いたらロッチの中岡になっていて、もうロッチの中岡にしか見えなかった。

 

 

そんな状況で、このmixiで知り合った子(以下、マイミク子)と男3女2で飲みに行くことなった。

でもって、隣に座ったのだが…飲み会の場で、盛り上がって2人で手を繋いでしまう。

 

この時、向こうにも彼氏はいた。

が、DV気質な彼氏とかで、滅茶苦茶愚痴っていて…

 

手を繋いでみようと思って手を繋いだらまんざらでもない感じになってしまい、

手を握ってウェイしていたら、その様子を写メに撮られて、mixiにアップロードされる。

その後、彼氏に見つかり2人して怒られた。

 

 

別のグループとのカラオケで、空気を読まず盛るぼく

後日、別のグループとこれまた男3:女2で飲みに行ったあと、カラオケオールをした。

 

大学生というと無駄に飲み、無駄にオールをしていた記憶しかない。

当時はこれはこれで楽しかったのだが、いかんせん他にもっといろんなことができたよなといつも考えては凹む。

 

カラオケオールを5人同じ部屋でしていた。

 

そして、マイミク子と自分以外、みんな寝ている状況になったのだがーーー

 

そしたらキスをしてしまっていた。

 

皆が寝静まっていて、大丈夫かなと思って。

 

もう一度キスをしたら止まらなくなって、30分くらいキスやらディープキスやらを繰り返して…気が付いたら朝になっていた。

 

ズボンは我慢汁でべちょべちょ、この日はそのままオール明けでテストに向かった。

 

パンツはコンビニで新しいのを買った。

 

 

この時、男二人は寝たふりをしていたくれたっぽくて、感謝の気持ちしかない。

もっとも、もう5年以上会っていないが…。

 

 

 

 

「別れたらエッチしてあげるよ」 → そう言われてあっさり別れたぼく(18歳)

ロッチ中岡(18歳)と付き合いながらも別の女性と盛ってしまうクズ。

 

いや~今も全く変わってませんね!むしろクズ度に磨きがかかっております!!

 

中岡をとるか?マイミク子をとるか??

悶々とした日々が一週間くらい続いたのだが…

 

マイミク子、家に呼ぶと手〇〇まではしてくれた。

のだが、本番…っていうと風俗っぽいんですが、挿入はダメと。

 

なぜなら彼女がいるから←だったら家くんじゃねーよと思う

 

家から駅まで送っていく中で、ぼくはマイミク子に非モテコミットしてしまった。

好きなのかヤりたいのか分からなかったが、また会いたい(ヤりたい)と思った。

 

そして、ロッチ中岡に別れを告げ、マイミク子と付き合うことになった。

※中岡、別れた後に散髪し、そしてタバコ吸い始めた。

 

 

 

裏mixiアカウントを使って浮気を目論んでいたことがバレる

どうやら付き合って1年くらいすると、飽きが来るらしい。

 

同じ学部学科の子の中に、好きな子ができた。

元NMB48の山本彩に似ている女の子だった。

 

恐らく、学部で一番可愛いんじゃないかってレベル。

 

もはや女の子を乗り換えることに何の抵抗もなくなっていたかのようにおもえる笑

 

で、「彼女にバレると困るから、裏垢つくって連絡しちゃった笑」とmixiで連絡。

 

そう、浮気のお供にmixi。

 

 

しかし、山本彩似の子とは、マックで飯食ってプリクラ撮っただけで終わってしまった。

 

ナンパ師が即写メを撮りたがるように、当時のぼくはなぜか女の子とプリクラをとりたがっていた。

 

写メではなく、プリクラで撮り、携帯に保存して鑑賞する。

 

 

そんなことをしていたら、彼女にバレ、裏垢とプリクラを消された。

マジ切れガチギレをされ、ぼくはストレス性の病気を患った。

 

ちんちんのちの字も突っ込んでいないのに、ここまで浮気扱いされるとは…。

 

「浮気したの?」に対して、「山本彩似ちゃんは悪くない!悪いのは俺だ!!」

と、自ら浮気を認めるような発言をしてしまったことが原因と思われる。

 

 

こんな感じで、プリクラを撮っただけでもボコボコにされたのだった。

 

 

 

同棲したりもして、2年付き合ったけど別れた。

女の子とラルクのライブに行っただけで怒るし、バイトしようとすると怒るし、携帯常にチェックされて身も心もズタズタになっていったので、別れて正解だったと思う。

 

別に浮気ではないのだが、チソチソを突っ込まなかったのに、包丁を突き付けられたり、ベランダから飛び降りる!など脅迫されたり、リスカされたりして、かなり疲れてしまった。

 

そんな彼女も今では結婚したというのを、大学の同級生から聞いた。

しかし、Tinderはやっているようで…

 

Tinderで見かけたこともあったし、結婚したのに遊んでるって友達も言ってたし、まぁそういうことなのかな、と。

 

 

一番の別れる原因となった出来事は、ホワイトデー。

 

バレンタインに手作りのチョコを作ってもらったので、手作りのケーキでお返ししたら、「私が求めてるのはケーキじゃねえ」と怒られた。

仕方がないのでティファニーのネックレスとペアリングを買ってあげたのだけど、

買ってあげた後に拭えない違和感を覚えてしまったのだ。

 

そもそも、なんでバレンタインにプレゼントをあげて、ホワイトデーにプレゼントを贈り返すのか。

 

わらしべ長者じゃねえんだよ。

 

また、当時付き合ってた子は、当時の自分が付き合えるレベルの女の子だった。

自分の良くない所だと分かっているのだが、「付き合えそうな」女の子と付き合う傾向が昔の自分には強かった。

 

その子が好きだから付き合うのではなく、「付き合えそうだから付き合っとくか。」みたいな。

 

据え膳食わぬは男の恥

 

ってやつ。

 

 

今はおかげさまで、付き合うというカードを切らないと付き合えないし性交もできなさそうな子に対しては付き合うというカードを切っている。

そうでない子とは、別に付き合わなくてもいいかな、と思う。

 

mixiの話を語っていたつもりが、気が付いたら自分の恋愛話になってしまいました。

 

この記事を見た人でmixiをやっていた人、思い出があるなら書いてみてはどうだろうか。