いつまで田舎にいるの?

日本を代表する大企業でのお先真っ暗な地方転勤に嫌気が差し、外資系起業に転職して東京から出ようとしない社会人4年目のブログ

田舎に合う人・合わない人

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田舎・・・それは東京一極が集中している日本に残された最後のフロンティア。

そのように考える人が少なからず増えてきている。

 

 

 

Google トレンド を使って、「田舎」と検索する人をの数を調べてみると、

緩やかに右肩に上がっていっていることが分かる。

 

 

こちらは2016年10月のデータだが、2009年から2014年までの5年間で、

移住者の数は4倍になっているという。

 

地方移住:1万人超え 5年で4倍 支援策拡充で - 毎日新聞

 

約2,864人から、11,735人なので、約9,000人ほどが増えた計算になる。

 

人口が減少している日本において、田舎に移住する人の数が増えているということは、

純粋に田舎に移住する人の数が増えているといっても過言ではない。

 

しかし、移住する人が増えているからといって、田舎が天国なのか?といわれたら疑問である。

 

筆者の田舎は人口10万人程度の都市で、年に1~2回は帰省をしている。

その度にイオンに行くのだが・・・そこで必ず同じ中学の同級生と遭遇する。

なんならそのイオンの従業員であったりする。

 

 

これを受けて思うことがある。

 

イオンってそんなに楽しいんだっけ?

 

無論、楽しいからイオンにいくわけではなく、イオンくらいしか行く場所がないからいくしかない、いかざるを得ないのだ。

 

これを良いと思うか、悪いと思うかで話は変わってくる。

 

良いと思うならそのまま田舎にいつづければいいし、

悪いと思うなら転職するなりなんなりして、都会にくればいい。

 

 

 

田舎に合う人・合わない人

 

田舎に合う人

 

 

ざっくり言ってしまうと、家畜のような生き方でもいいよ、という人である。

家畜と言い過ぎかもしれないが、田舎は生活の仕方が極めて単一的だ。

 

休日は車でドライブしたり、車のメンテナンスをしたり。

時間ができれば開店前のパチ屋にならび、雀の涙ほどの給料を無駄遣いしてギャンブル。

いつも決まった面子と「地元(田舎)っていいとこだよね★」「うちらはズッ友☆ミ」

と死ぬまでこれを繰り返している。

 

田舎に合わない人

 

 

 

こちらもざっくり言うと、「上昇志向が強い」人には合わない・向いていないと思う。

なぜなら周りにいるのが、「頑張るって何?」「面倒くさいことはしたくない。」

という人たちが多いからだ。

 

 

 

 

田舎から出ようと思った理由①

ぼくは別に特段頭が良かったわけでもないし、神童や天才児と呼ばれた経験もない。

だが、自分の置かれている環境が許せなかった。

 

同じ中学の人たちとは縁を切らなければ自分のためにならない

 

そう感じたのは合唱コンクールのときだった。

 

ぼくが通っていた中学校では合唱コンクールが毎年開催される。

そして、優勝したクラスが市で行われる合唱コンクールで歌える権利を与えられる。

 

ぼくはというと、特に合唱コンクールに力を入れる理由が見当たらなかったので、

距離を置いて参加していた。

 

しかし、合唱コンクールには”とある法則”がある。

この法則を使うと合唱力などはさておき、校内大会ではまず負けない。

 

それは、採点者が聴いたことがない歌を歌う

 

という方法だ。

 

優勝しているクラスが歌う曲を調べてみると、

そのどれもが人気のない曲だった。

 

聴いたことがない曲を歌っている=頑張って歌っている=評価が上がる

 

というロジックらしい。

 

逆に聴いたことがある曲だと、

 

聴いたことがある=去年と比べても普通かな=まあそんなもんだよね

 

というロジックで低評価になる。

 

 

そこでぼくはやりたくないけどやるなら勝ちたいので、

人気のない曲にしようという話をしたのだが・・・

 

良くも悪くも民主主義とは1人1票、東大を出ていようが中卒だろうが平等に投票をする権利を与えられる。

 

そこで、勝てる曲ではなく、歌いたい曲=有名な曲

 

を選ぶ勢力に負けてしまった。

 

確かに練習を突き詰めれば、歌いたい曲でも勝てたかもしれない。

しかし、勝つこと以外の意味が見出せなかったぼくは、練習に参加をする気すらなくなってしまった。

 

 

 

やっぱり勝てない合唱コンクール

結果から言おう。やっぱり負けた。

何対何だったか、スコアは分からないまでも結果は負け。

 

負けたと分かると、泣き喚く女子。

 

だからさー勝てる曲にしようぜっていったじゃん・・・。

 

と、心の中で思うのと同時に、

 

こういう人たちと一緒に何かをしていても、全然メリットがないな。

 

とも思った。

 

合唱コンクール。

 

歌いたい曲を歌うのはいいけれど、それは自分たちの目線でしょと。

コンクールの類には採点者の好き・嫌いが明確にあり、

分かっているならその”好き”にあわせなきゃでしょ、と。

 

ああもういいです、君たちに期待した自分がバカでしたと。

 

 

 

田舎から絶対出ようと思った理由②

 

 

高校を卒業して、初めて中学の同窓会を実施した。

みんな未成年だからアルコールは飲まない。

今思うと凄く不思議な同窓会だった。

 

中学を卒業して3年ぶりの同窓会で、

変わった人も、変わってない人もいた。

 

その中で大学進学組・高卒組に分かれる。

大学進学組は夢を語る。

 

大学は●●で、将来はこういう仕事がしたい・・・と。

 

一方で高卒組はというと、大学の否定からまず入るのだ。

 

「大学、そんなの行ってどうするの?」と。

 

「大学を卒業しても就職できずにニートになるくらいなら、俺は高卒で就職する!」

 

と、大卒底辺と自分を比較して、大卒に勝った気に浸っているのだ。

 

この話を聞いたとき、この人たちとは本当に馬が合わないんだなと思った。

 

 

 

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

 

夏目漱石のこころという小説で、ずっと引っかかっている言葉がある。

 

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

 

という言葉だ。

 

中学か高校の現代文の授業でこの一節を読んだときに、

 

「これは俺のことを言ってるんじゃないか!?」

 

と思った。

 

今は生きるには困らない時代だから贅沢を望まなければ生きていくことはできる。

でもそんな最低限の生活をしていても楽しいのか?と本気で考えた。

 

受験勉強という努力をせず、自分の力で入れる高校に進学し、そのまま卒業して就職をする。

 

確かにそういう生き方もできるし、短期的にみたら楽だと思う。

 

でも、例えば大学に進学するだけで生涯賃金が1億円も変わる。

もちろん、それ以降も努力という名のレールから降りることは許されない。

 

だけど、目先の苦労に少し耐えるだけで、全然違う世界が開けてくる。

それは高校、大学、新卒で就職した会社、転職して入社した会社、そのどれもに通ずることだと思う。

 

ぼくは向上心を持たずになんとなく生き、周りに流されることを良しとしない。

そう思った瞬間に、ダラダラと生きてしまったと自覚を持った瞬間に、

ぼくはぼくでなくなるんじゃないか。

 

そのためにも、ぼくは田舎ではなく、都会に住む必要がある。

 

以上。

 

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