いつまで田舎にいるの?

日本を代表する大企業でのお先真っ暗な地方転勤に嫌気が差し、外資系企業に転職して東京から出ようとしない社会人4年目のブログ

ぼくたちは非モテを見下しているのではなく、非モテだった頃の自分と戦っている。

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「もうすぐ彼氏と別れるから、ちょっと待ってて。」

 

 

大学三年生の頃の恋愛の話である。

 

 

当時好きだった女性がいて、彼氏持ちだった。

その子と3回セ〇クスしたのだけれど、いつまで経っても付き合う日が訪れることはなかった。

 

 

恋愛には「セ〇クス3回の壁」という法則が存在する。

 

この「セ〇クス3回の壁」は、3回セ〇クスをした後に男の前に立ちはだかる壁である。

 

そう、女の子のもとへ、それ以上足を踏み入れることができなくなってしまうのだ。

 

初めてセ〇クスしたとき、2回目にセ〇クスしたとき、3回目にセ〇クスするまではいいのだが、4回目が永遠に訪れない問題がある。

 

これを、「セ〇クス3回の壁」という。

というか、俺が勝手に名付けた。

 

 

この壁に一回目にぶつかったのが、大学三年生の時である。

 

 

「セ〇クスって、好きな人とするモノじゃないの?」

「あの子は俺のことが好きじゃなかったの?」

 

と、女の子を責めたい気持ちで胸がいっぱいだった。

 

しかし女の子を責めたところで、自分のことを好きになってもらえるわけではない。

むしろ、「キモい」と思われて、更に自分の立場が危うくなるだけだろう。

 

 

そう思ったぼくは、女の子を責めたい気持ちを押し殺し、そっとFacebookの友人からその子を削除した。

 

 

 

 

 

 

ぼくたちは非モテを見下しているのではなく、非モテだった頃の自分と戦っている。

昔を振り返ると、「なんで恋愛が下手くそだったんだろう?」と思うことは多い。

 

正確に言えば、下手くそというよりは、「恋愛の仕方を知らなかった。」のだと思う。

 

 

例えば、

 

過度に相手を束縛してしまったり、過度に一人に依存したりすることだ。

 

束縛なんかはめちゃくちゃ分かりやすい。

 

自分以外の異性と飲みに行ったり、連絡を取ったりすることを禁じることで、誰しもが1度は通る道なんじゃないだろうか。

 

ぼくも何度かやってしまって、結果的に自分が束縛されるようになり、別れることになった。

 

 

そして、過度に一人に依存すること。

 

依存するからこそ束縛してしまうし、束縛するからこそ依存していくものだと思うけれど、一人の女性に依存してしまうことは本当に良くない。

 

 

上記の体験談がいい例で、セ〇クスするまでは体のいい浮気相手くらいの存在だったのに、一回やったらなんだか勘違いして彼氏だのなんだの言ってきた、というレベルの低い話なのである。

 

 

今の自分ならどうするか?

 

セ〇クスするのに彼氏の話は気にしないし、気にしないから一切聞かない。

別に彼氏がいようが、彼氏がいまいが、相手にはセ〇クスしたいことを伝える。

ただそれだけ。

 

そして、一度セ〇クスしたとしても、彼氏面は絶対にしない。

 

適度に連絡するだけ。

 

やりたくなったらご飯の誘いをするか、泊まりの誘いをするかして、セ〇クスすればいい。

 

本当にただこれだけのことなのに、当時の自分にはできないことだった。

 

なんというか、「好き」って思ってもらいたかったし、「付き合い」たかったんだろうな、とも思う。

 

今では付き合いたいとか特にないし、たまに会って〇ックスできるなら、それでいいじゃないですか。別に付き合う必要はありませんよね、というスタンスである。

 

しかし、当時は「付き合ってディズニーランドにいく!」みたいな、女の子を自分のモノにしたい欲求が強かったんだと思う。

 

これぞ非モテというか、残念な男というか。

 

今思い返してみても、大学生の頃の自分に好意を持たれていた女性には土下座して詫びたいレベル。

 

 

正直、すまんかった。

 

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恋愛自体はドキドキ感があって楽しかったけど、好きな気持ちが報われないのは地獄でしかなかった。

 

そして、大学3年生のころから数えて、もうすぐ6年。

 

あの時から比べると、恋愛で得られるドキドキ感はすっかりなくなってしまった。

 

「ヤバイ!もしかして好きかも?好きになっちゃったのかな?」というようなドキドキ感はなく、感覚としては詰将棋をやっている感覚に近い。

 

 

「相手が〇〇と言って来たら、××と返そう」

 

とか、

 

「どうやったら今日セ〇クスできるか?」

 

という下世話なことを考えてばかりな人間になってしまった。

 

 

”非モテ”だった頃と比べると、今はセッ〇スする回数も増えたし、セ〇クスする相手の質も上がったし、セ〇クスする人数も増えた。

 

でも、大事な何か、それは恐らく恋心だと思うが…

 

失っているような気がする。

 

 

連絡が返ってこない時の何とも言えない気持ち

 

恋人より友人に時間を割く彼女に文句を言いたい気持ち

 

好きな女の子に振られた時のどうしようもない気持ち

 

 

これらを全て失って、恋愛の仕方を学んだ。

 

 

 

 

 

そして、女性からかけられる言葉が変わった

最近は女の子と一緒にいると「楽しい、面白い」と言われることがとても増えた。

 

マッチングアプリで知り合った女の子と会えば、「こんなに面白い人とは会ったことがない」と何度言われたことか分からない。

 

これは、それほどまでにマッチングアプリに存在している男がイケてないということなのだが、確かにそこにいる人たちと比較したら、楽しいし面白いのは間違いないと思う。

 

 

www.no-more-inaka.com

 

 

なので、女の子に「楽しさ」を与えられるようになったのは大きな進歩というか、非モテだった頃と比べると進化したというか、ひたすら女の子と相対するということしかやってこなかったけど、やってきてよかったと思った。

 

 

後は、セッ〇スが上手だとか、チ〇コがデカいだとか、色々言われることも増えたけど、そこら辺は自分では感知しえない所だと思っているので、ノーコメントでお願いします。

 

ぼく自身、体の相性というものがよく分かっていなく、大体誰とセ〇クスしても、セ〇クス自体の気持ちよさはあんまり変わらないので、よく分からないのである。

 

もちろん、ゴムをつけているか、つけていないかで、気持ちよさは変わると思うが。

 

それ以外はぶっちゃけわからん。

 

リピートしてくれている女の子がいるってことは、下手ではないんだろうけど、別に自分以外でも気持ちいいものなのでは?と常に思っている。

 

 

 

大学3年生の頃の自分が今の自分を見たら、何と思うか。

 

羨ましいと思うのか、残念に思うのか。

 

でも一つ言えることは、女遊びという修行を続けて本当に良かったということ。

 

もし大学3年生の時の自分のままだったら、そのレベルの自分と見合う女性としか関係を築けなかったと思うから。

 

 

これだけは自信を持って言えること。

 

そして、ぼくはこれからも非モテだった頃の自分と戦い続ける。

 

女の子を幸せにするために。 

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